楊海英『日本陸軍とモンゴル』(メモ)

川島芳子の夫はガンジョールジョブ(1903~1971)というモンゴル人。ガンジョールジョブの弟はジュンジョールジャブ(1906~1967)。

二人とも日本の陸軍士官学校を出て、満洲国の青年将校となった。

二人の父親はバボージャブ(1875~1916)で、日露戦争時に、日本軍の先導をつとめた。

1937年モンゴルの民族主義者たちは日本の力を借りて中国からの独立をねらい、モンゴル聯合自治政府(後のモンゴル自治邦)を作った。

日本の陸軍士官学校満洲の興安軍官学校、モンゴル軍幼年学校で学んだ。

・著者の大学生時代、北京の外国大学の日本文学の教授人は日本から中国にもどった「帰国華僑」ばかりだったので、中国語がほとんど話せない先生ばかりだった。

高校の日本語教師二人のうち一人は、戦時中に仙台に留学していた漢族。もうひとりは満洲国時代にモンゴル軍の将校だったモンゴル人。

・ロシア語はモンゴル人が出会った西洋人の話す言葉、近代化のマーク。

清朝政府は莫大な賠償金を支払うため、草原開墾による農耕地開拓に収入を期待し、人口増加緩和のためにもモンゴル草原に入植。

黒龍会との関わり。

・当時の日本のモンゴル観は、モンゴル人と日本人は似ている。シナ人とは違う、というもの。

・1928年志賀島に「蒙古供養塔」を建てることになった。グンサンノルブ親王とは、モンゴルのハラチン部族の親王1903年に日本式の女学校をハラチン地域に設置。

鳥居龍蔵の夫人が教鞭を取った。

・1929年7月に東北蒙師範学校が成立。

・日本人が大々的に満洲に入植したのも、日本の国益のためにモンゴルの独立を認めないのも、やってることは中国と同じである。

・「今日、モンゴルもチベットも、そしてウイグルも民族ではなく、単なる「族群」だと中国政府は定義している。それぞれの「族群」は無条件で「中華民族の一員」を成し、漢民族への同化が強制されている。中国共産党はまるで日本帝国主義を引き継いでいるかのようだ。」

 「関東軍が強制していた日本語は中国語に変わり、草原を開墾するのも少数の日本人開拓団から何百万人もの中国人農民へと変化した。」

ヤルタ協定の内容は「内モンゴルは現状維持」とモンゴル人の同意なしに決められた。→台湾と同じ。